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Author:山川さら

次ぎ次ぎにいろんなことが起こり
次ぎ次ぎにいろんなことを思う。
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伝えたいことのメモとして。



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gooの木を植えよう!

院内スタバ

20080519214824
とある大学病院、地下にスタバが(・_・;)

たまにパジャマ姿や点滴ガラガラしてる人がいるくらいで、ふつーです。




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山川さらのマトモに暮らしたい・・・ 「ゾウの目はどこかさみしい」

2008-05-19(Mon) 21:48| モブログ| トラックバック 0| コメント 0

2,3日休みます

昨日、濃い〜数時間を楽しんでから帰宅したらちょっと事件発生してまして、数日バタバタしそう。なので、ブログちょこっとお休みします。







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2008-05-17(Sat) 21:16| お知らせ| トラックバック 0| コメント 1

植樹というのは

kamezoさんにえらく感激されてしまって申し訳ないのだけど、母の記念に植樹したというのは理由があってのこと。

実は散骨したのです。

生前、母は何度も「妙高が見えるところに散骨してね」と言っていました。
小さい頃から思い入れのあった妙高。話がうまく通じなくなってからも、妙高というとほんとにうれしそうに「行きたいなー」と顔を輝かせていました。

結婚してからの母が、しあわせだったのかどうか、私にはわかりません。ただ、義母と、何があっても義母が正しいとする父には、私には想像できないほど苦しみました。そして「死んでまで同じところにいるのは絶対にいやだ」と家の墓に入ることを拒み、私が中学のころから「妙高に散骨してほしい」と言い始め、それは妙高でお世話になっていた人にも何度もお願いし、あちらの役場にも散骨するにはどうしたらいいかを問い合わせたりしていました。

父にも「私は一緒のお墓には入りません。妙高に散骨してください」と言い、父も「勝手にしろ」と言っていたし、母が亡くなってから「散骨するから」と話したときも「そう言ってたな」と言っていました。

それで、火葬場で焼いた骨を、去年、散骨用にパウダー化してもらいました。さすがに骨のままじゃ散骨できませんから(知らずに掘り返した人がいたらビックリするし)。

これは葬儀会社がやってくれたんですが、そのときに散骨について
  • ●容器に入れない(容器に入っていると、何十年後とかに事情を知らない人が掘り返して「なんだこれ?」になる場合がある)
  • ●散骨した場所の目印に、木を植えるといい。ただし、まわりにたくさん同じ木があるとどの木の根元だったかわからなくなる。本人が好きだった木がいいが、植える場所に適した木を選ぶこと。できれば2,3本植えると、1本が枯れてもスペアになる

と教えてもらいました。

最初は母が好きだったコブシを考えたんですが、ちょうど花が終わった時期でいま植えるのには適さないということだったので、ほかの候補の中から母も好きだったハナミズキを選びました。複数本にはしなかったけど。

パウダーにしちゃうと、小麦粉みたいです。量も、小麦粉用のスコップで2〜3杯分ぐらい。そんなもんになっちゃうんですね。というか、そんなもんなのに、よくこのカタチになってるなーと思いました。


今回、兄が苗とスコップは買ってきたのですが、植えようとした場所は枯れたカヤがたくさん重なっていて歯が立たなそう。立ち会ってくれた現地のOさんが、ほかの人に「植樹するから」とパワーショベルで掘ってもらってくれました。

ところが50センチも掘ると、コンクリートを削るような音がして、重機の方が持ち上がってしまいます。私たちが「ここは無理じゃない?」と話してると、「この辺はどこ掘っても同じですよ。すぐ岩盤に当たる。火山岩です」。

妙高は休火山。いまは10メートルもあるような杉林があり、緑に覆われているけれど、表面を見てるだけじゃわからないんだなーと痛感しました。パワーショベル、出してもらえてよかったです。なかったら、たぶん植えられなかったでしょう。

ここで根を張れるのかどうか不安だし、雪対策をぜんぜん考えていなかったのでまた雪が降る前に支えをしに行かないとですけど、母の遺志をかなえられてよかったと思っています。

そして、生前に散骨してほしいほど好きな場所に出会えた母は、たぶん少しはしあわせだったのだろうと思います。






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2008-05-14(Wed) 23:37| 家族| トラックバック 0| コメント 2

母の一周忌に

母が大好きだった新潟県の妙高高原に行ってきました。
myoko


山がきれいに見えたところで、母の記念にハナミズキを植樹させてもらいました。

shokuju


ここは冬、雪深い場所なのでこのままでは雪に倒されてしまうため、雪が降る前に囲いをしておかないといけません。それはまた改めてということで、とりあえず、今日は植樹だけ。

母の生前からお世話になっていたOさん、ありがとうございました。





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2008-05-12(Mon) 22:00| 家族| トラックバック 0| コメント 2

つなぐ場

奄美なカフェを考えていて、奄美以外の要素も入れたいと思うのは、奄美を閉じた世界にしたくないからかもしれない。

というのは実はこじつけで、単に私の興味や関心のあることがらを自分でつなぎ合わせてるだけかもしれないけれど。

奄美をキーワードに、広がる世界。
たとえばこんなつながりもできるよという提案。
それがフェアトレードだったり、スローだったり。

フェアトレードということでいえば、サトウキビや大島紬だってアンフェアトレードされてきたわけだから、奄美とぜんぜん関係ないことじゃない。フェアトレードって、外国とのことだけじゃないと思う。いまでも奄美は内地とアンフェアトレードになってるものがあるかもしれないし、それは奄美だけじゃなくて地方や伝統工芸品には共通した問題かもしれない。

奄美には、世界とダイレクトにつながっていた時代があった。私はそれを羨ましいと思う。奄美の人のDNAの中には、目の前の海から大洋へ、見知らぬ世界へ漕ぎだしていった人たちの勇気が伝わっているはずだから。DNAの中に含まれているものは、ふだんは表出することはなくても、何かのきっかけで飛び出してくる。それを私は知っている。

六調の太鼓が鳴り出したとたん、踊り出す。じっとしていられない。からだが喜々として動き出す。それは理性とか思考とかではなく、ずっと受け継がれてきた何かをもっているからだ。


小さな場所でもいい。最初は少ししかできなくてもいい。でも、奄美が世界とつながっていることを確かめられる場をつくりたい。







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2008-05-11(Sun) 22:21| 奄美なカフェを夢想する| トラックバック 0| コメント 0

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