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Author:山川さら

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島ラッキョウの天ぷら

rakkyo_tem


去年、書いたはずなのに見当たらない……あ!そうか、mixi日記に書いたんだ。
ということで、再掲載。

根と茎の上の方を切って、沖縄風天ぷら。

らっきょう苦手な子ども達が「えー!? もーないのー!」。

らっきょうの辛みが好きな人には物足りない? ふんわりサックリ、「へ~ こんな食感になるんだー」とびっくりしました。

奄美でもらっきょうの天ぷら、するんでしょうか?
これは沖縄の伊江島(←有名ならっきょう産地)に行ったとき、最後の最後のらっきょうをせしめてきたもの(もう売ってなかったのに、「ない?」と聞いたら、お店の人が家にあるのを持ってきてくれた ^^;;

らっきょうは売ってないのに「島らっきょうの食べ方」は置いてあって、そこに「島らっきょうの天ぷら」がのってました(「キムチらっきょう」もちょっとひかれた)。


「島らっきょう 天ぷら」で検索すると、作り方もいろいろ。たいていは衣に卵を入れて、島の塩でうっすら味つけなんだけど、いくつかのサイトでは「気の抜けたビール」で衣をとく。塩漬けしたらっきょうを使うという人も。もぱぴさん、まだできるかも! チャレンジしてみる??





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2008-04-22(Tue) 22:54| 料理| トラックバック 1| コメント 2

何もしなくていい

なんというネーミングだったか忘れたけど、何年か前に、「何もしない旅」が話題になったことがある。いろんな雑誌でも取りあげられた。

「あぁ、これだよ」と思ったけど、同時に「日本じゃムリじゃない?」とも思った。そしてその後、聞かなくなった(気がする)。

なぜ「日本じゃムリじゃない?」」と思ったのか。だって日本の観光地はどこも、観光施設がないとオカネが落ちない仕組みになってる。観光客の方も、「そこに行ったら何ができる?」「何を得られる?」を期待する。

もちろんそこに行き詰まりを感じた旅行業界の人たちが、「これからは“何もしない”をウリにしよう!」と一念発起したのかもしれない。だけど、日本全体の経済構造や、「目的のために今がある」という考え方は、“何もしない”を受け入れられなかったのだろう。

観光施設(アミューズメント)はありません。でも、エステがありますとか。そのへんが妥協点だったのかもしれない。


昨日の記事奄美の家の奄圓さんのコメントを読んでほしい。

驚いたことに意外に多いのが「何もしない」なんです。
何もしない贅沢な時間を送るのに贅沢な場所。それが「奄美」だと言うのです。「島に行くことで心がリセットできる」という方もいます。



これが、奄美の強み。日本のどこでもできないことが、奄美でできる。わざわざ海外に行かなくても、外国語がわからなくても(シマグチがちょっとでもわかるとなお楽しいけど)、通貨レートを気にしなくても、「何もしない」を満喫できる、それが奄美だ。

島の人たちは、よく言う。「ここには開発は似合わない」。でもその先が続かない。
堂々と、言ってほしい。

「何もない。何もしなくていい。ここでできる何かを焦って探さなくていいんです。
何もしない。それをできるのが、奄美です」。






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2008-04-22(Tue) 22:38| 奄美| トラックバック 0| コメント 0

ナマケモノな時間と場

辻信一さんの『スロー・イズ・ビューティフル―遅さとしての文化』を読んでいる。



まだ途中だけど、「そうそう」と思うことがたくさんある。

今日読んでいた部分で強く「そう!」と感じた箇所を引用。

 こうした「目的と手段」の関係から外れるものは「無駄」で「非効率的」と見なされるだろう。休むことや遊ぶことは、それ自体では時間の無駄だ。労働力の再生産や娯楽産業の繁栄のためになって初めて価値がある。怠けることはけしからん。ただ歩くために歩くとか、ただゴロリとなりたいからなるとか、ただぼんやりと景色をながめるとか、はナマケモノの所業。ただ生きる、生きているから生きている、ではすまされない世の中なのだ。


「奄美行って、何してるの?」と聞かれると、「別に。ボーッと海ながめてたり、集落の中を歩いたり……」と答えることがある。
すると相手は3通りぐらいの反応をする。
 1)戸惑う。「……なんで?」
 2)鼻で笑う。「へぇ~ のんびりしてていいよねー」
 3)得心する。「あぁ、いいねー」

1)の人は、「それで何を得られるのか?」が不思議でしょうがない。こういう人にとって、「得られるもの」は目に見える価値に置き換えられるものでないと納得できないようだ。
「海のグラデーションがきれいだから」とか「波のきらめきと、風と、鳥の声が聞こえる、それだけでしあわせ」なんて言うと、さらに混迷の度合いが深まってしまう。
「思索的あるいは詩的インスピレーションを得るため」とか言うと、けっこう納得されてしまうので、困るけど話を打ち切ることはできる。

2)の人は、「やっぱり南の島の人ってのんびりしてるよねー」とも言う。たぶん、あてもなく海をながめている人のイメージがあるのだろう。でも、そのことばにはトゲがある。ちょっと小馬鹿にした感じ。自分はそんなナマケモノじゃなく、もっと勤勉で生産的なことにいそしんでいる。社会的に意義のある活動をしているのよ。
「うらやましいわ」とことばでは言っていても、あてもなく海をながめることは苦痛。3分ももたない。無口にならずに多弁になる。一緒に旅行したら、「ここはもういいよ、はやくつぎに行こうよ、つぎはもうちょっとマシなもの見せてくれるんでしょうね」のオーラがムンムン出るタイプなので、「こんど連れて行って」と言われて、それがお愛想だと充分わかっていても、ぜったいに「ええ、ご案内するわ」などと答えず、曖昧な笑顔をお返しする。

3)の人は、少ないけどたまにいる。「そういう、何もしない時間って必要よね」とか、海はどんなかとか、天気によって色はどんなに変わるかとか、どんな鳥の声がどこからどんなふうに聞こえてくるかとか、せめて疑似体験でもさせてちょうだいな~という人もある。
こういう人とは話がはずんで、「また聞かせてね、ぜったいよ!」となる(その「また」の機会が必ずめぐってくるわけでもないんだけど)。
こういう人との会話は、私も楽しい時間をもてたなーとうれしくなる。

私が島に行ってうれしいのは、ただ海をながめていても、だれもそれをとがめないからだ。「あ、海見てるのね」と認めてくれる。それも「海辺に人がいる」→「このシマの人じゃない」「この浜は景色がいい」→「海を見に来たんだろう」、という思考回路じゃなくて、海辺にじっとしてる人がいれば、海を見てることがわかりきってる、当然のこと、という理解だ。直感的というのでもない。日常の、当たり前すぎること。

上の引用からちょっと飛んでしまうのでわかりにくいかもしれないけど、この章の終わりも引用。

 動物や植物が感じるように疲れ、それらが休むように休み、それらが眠るように眠る。おの根源的な快楽に立ち戻ったところで、もう一度自分の欲望や欲求の棚卸しをやってみる。その上で、またひとつひとつと積みたいものはゆっくり積み上げてゆく。


アタマの中がぐちゃぐちゃになって整理しきれなくなったとき、島で「あぁ、私がしたいのはこれだったんだ」と捉え直せるようになるのは、そういうことだったんだ。







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2008-04-22(Tue) 00:18| 奄美| トラックバック 0| コメント 2

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