島の友だちから「奄美の夏」と書いた荷物が届いた。
入っていたのは……

うわ〜い!
マンゴーだぁ!
パッションだぁ!
珍太郎豆もあるぅ!
ということで、家族に内緒で先に食べると大騒動になりそうなので、
パッションひとつだけ。

パッション、割ると中はこんな。
スプーンで種ごとすくってチュルッと食べる。
ジュースは少ないけれどジューシーだし、夏のパッションは冬に比べて少し酸味があって、この酸味が暑い夏を爽やかにしてくれる。
昔、徳之島でパッションジュースを飲んだけど、これは果樹農家ならではの贅沢品、と思っていた。夕方の縁側で「値、千金だな」と言いながら飲んだ覚えがある。

パッションは、露地栽培とハウス栽培がある。
1本の木がものすごくツルを伸ばすので、横に広げる人、
縦にはわせる人、両方いるようだ。写真は縦バージョン。
この畑は徳之島の里見さんという農家さんのハウス。
里見さんのハウスはいつもとっても手入れが行き届いていて、
チリひとつない。頭が下がります。

パッションという名前は、花がキリストの茨の冠に似ているところから受難という意味のパッションをとって付けられたらしい。情熱のパッションじゃない。日本名は時計草。
うちの近くでも時計草の花は見るけれど、受粉させないと結実しないから、実がなっているのは見たことがない。
パッションは奄美で農業をしたいとIターンした人達の間でもしきりに作られている。奄美では、島の特産品になっているという見方をしているようだが、全国ではどうだろう。
私はとっても好きなパッションだけど、けっこう知らない人も多いし、「名前は聞いたことあるけど、これ、どうやって食べるの?」という人もまだまだ多い。
奄美のくだものとして昔から特産品とされるのは、たんかん、スモモだろうけど、どちらも手がかかるというか、新規就農者がそれで生計を立てられるようになるまでは、年数がかかる。たんかんで3年だったかな、スモモは8年ぐらいと聞いた記憶がある。
手のかかるくだものは、衰退していく。ビワがそうだった。奄美でビワ農家としてやっている人は、もういないはずだ。私の知り合いも、数年前にやめた。手がかかりすぎる、長崎などの産地に勝てない。そして奄美ビワの箱が作られなくなった。
そうしたくだものに比べ、パッションは作りやすいのかもしれない。
でも。
たんかんやスモモを作っている農家さんは高齢化している。逆に見れば、主に高齢の農家さんしかたんかんやスモモを作っていない、という状況だとすれば、この人達が栽培をやめたら、奄美の昔からの特産くだものが消えてしまう、ということだ。
Iターンの人達が、こうしたくだものをつくっていく支援策はできないのだろうか。ずっと不思議でしょうがない。
マンゴーは、喜界島でも今年から力を入れ始めてきたらしい。
マンゴーに取り組む、というのは並大抵の決意ではできないと私は感じている。

この写真は、徳之島の木村さんのマンゴーハウス。
ここにうかがったのは2003年の5月。
腰の高さにマンゴーを剪定し、
実が下がらないように上から吊している。
マンゴーのハウスは、夏には40℃を超えるという。
ところがマンゴーはウルシ科の植物で、栽培をしていてかぶれる人がいる。実際、木村さんの奥さんもかぶれる方で、夏でも長袖、軍手、マスクははずせないという。
マンゴーは、安価なくだものではない。
でも、台風でハウスが飛ばされ、マンゴーが雨にたたかれたら、商品価値は下がるし、ハウス再建への道は厳しい。
くだものに限らず、農産物の価格っていうのは、その農家が来年も栽培を続けていけることを保証するものでなくては、誰も農業を続けて行かなくなる。続けられなくなる。
パッションも、マンゴーも、食べるとしあわせな気持ちにさせてくれる。
そういうくだものを作ってくれている農家さん達、ありがてさまりょをた。
「奄美の夏」というすてきな品名で送ってくれた友だちにも、ありがてさまりょをた。
これをいただいて、元気にならないわけがない。
さて、今日のシメは珍太郎豆でビールか朝日か……
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