昨日たまたま、ケーブルの
ディスカバリーチャンネルで
「パプアニューギニアのミイラ」という番組を見た。
パプアニューギニアのある部族では、亡くなった人(すべてではないらしい)をミイラにしていたが、宣教師が入ってから衛生的に問題があるなどの理由で行われなくなってしまった。
最後のミイラづくりが行われたのはおよそ50年前で、いまではミイラづくりの方法を知っているのは族長だけになっている。
その族長は、自分が死んだら曾祖父(最後にミイラにした人)と同じようにミイラにしてほしいと願っている。彼はマラリヤにかかっていて、自分が死んだらどうなるかを、とても案じている。
この部族では、埋葬すると、大地がもっと血をほしがる、と伝えられている。以前はミイラにしない人は木のマタに上げていたが、これも宣教師の影響によって埋葬へと変えられている。
族長は「大地がもっと血をほしがる」=死者がふえる ことは避けたいとも考えているようだ。
番組のリポーターでもある探検家が、この部族の信頼を受ける白人女性の案内で集落に入り、実際にミイラを見せてもらう。そして、ミイラづくりの方法を、豚を使って部族の人たちに伝えていく。
ざっとこんな内容だったのだけど、洗骨と似ていると感じた点が多かった。
ミイラがあるのは、集落を見下ろす山の崖。
そこは硬い岩の崖で、決して崩れることはない場所とされている。
そこにいくつものミイラが、腰かけて集落を見下ろすような恰好で並んでいる。
族長は、「先祖がここからみんなを見守ってくれている」と言い、自分の曾祖父のミイラに「いつも見守ってくれてありがとう」と、愛情と尊敬の眼差しで語りかけ、懐かしそうにミイラに触れていく。
死んだ人も生きている。肉体は朽ちても、魂がちゃんと生きている。
豚をモデルにミイラづくりをする人たち。やり方を知っている族長に習って、穏やかな表情でミイラにしていく。
写真で見たことしかなく、話を聞いたことしかない奄美の島々の洗骨も、きっと同じ静かな空気と、いろいろな時間がひそやかに行き来する場だったのではないかと思った。
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