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Author:山川さら

次ぎ次ぎにいろんなことが起こり
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gooの木を植えよう!

近況報告


先日父が倒れまして。胃潰瘍からの出血ショックで意識不明になってたのを見つけて救急車で高度救急救命センターに。入ったときは、意識は戻らないだろう、生きてるうちに家族に会わせたければ呼んだ方がいいと言われたのですが、医者もびっくりの快復力で意識が戻りました。

10日ほど入院してから、前からかかっていた別の大学病院へ転院。

出血による脳梗塞で左半身が動かなくなっていて、ことばもあまり聞き取れないけど、落ち着いてきてるからリハビリをというときに、また胃潰瘍から出血して血圧低下しては輸血と昇圧剤でなんとか持ち直しを繰り返しています。

先週の中頃には「何か食べたいものありますか?」という医者の問いかけに「ビール」と答えた大馬鹿者。いまは水も胃に行かないようにしてるのに。

昨年、母が亡くなるときに父も倒れて入院し、6月末に老人ホームで落ち着くかと思ったら、「こんな年寄りばかりのとこにいられるか」(父は83歳)とマンション独居に戻ったのが10月末。「ひとりでマンションで倒れてても、だれも発見できないんだよ」にいつも通り根拠のない「だいじょうぶだ!」とほざいたのに、危惧した通りになりました。

ひとり暮らしで、食事は馴染みのレストランかスーパーのお惣菜。その食生活のおかげもあって低栄養状態のため、胃潰瘍の治りも悪くなっています。経管栄養どころか高カロリー輸液が命綱。みなさん、食生活には気をつけましょう。

意識があるだけに、経営している会社を勝手に片づけるわけにもいかず、かといって放っておくわけにもいかず、近県にいる兄と相談しながら私が会社のハンコ係になってます。

ちなみに転院時、救急車で搬送してもらったのですが、後ろの席に横向きで乗っていた私は途中で車酔い。同乗してくれていた医師に「せんせー、キモチワルイです」と泣きついたら、救急の人が「あ、窓開けてください」。救急車の窓って開くんですね。救急車って、一種の興奮状態で短時間乗っている分には大丈夫でも、長時間揺られるのはけっこうシンドイです。

昨年、父の入院時には、「お父さんは病院で元気にしてるけど、あなたの方が倒れそうじゃないの?」と看護師に心配されたので、今回はほどほどに……ってわけにいかないかなー。







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2008-06-04(Wed) 00:16| 家族| トラックバック 0| コメント 7

院内スタバ

20080519214824
とある大学病院、地下にスタバが(・_・;)

たまにパジャマ姿や点滴ガラガラしてる人がいるくらいで、ふつーです。




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2008-05-19(Mon) 21:48| モブログ| トラックバック 0| コメント 0

2,3日休みます

昨日、濃い〜数時間を楽しんでから帰宅したらちょっと事件発生してまして、数日バタバタしそう。なので、ブログちょこっとお休みします。







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2008-05-17(Sat) 21:16| お知らせ| トラックバック 0| コメント 1

植樹というのは

kamezoさんにえらく感激されてしまって申し訳ないのだけど、母の記念に植樹したというのは理由があってのこと。

実は散骨したのです。

生前、母は何度も「妙高が見えるところに散骨してね」と言っていました。
小さい頃から思い入れのあった妙高。話がうまく通じなくなってからも、妙高というとほんとにうれしそうに「行きたいなー」と顔を輝かせていました。

結婚してからの母が、しあわせだったのかどうか、私にはわかりません。ただ、義母と、何があっても義母が正しいとする父には、私には想像できないほど苦しみました。そして「死んでまで同じところにいるのは絶対にいやだ」と家の墓に入ることを拒み、私が中学のころから「妙高に散骨してほしい」と言い始め、それは妙高でお世話になっていた人にも何度もお願いし、あちらの役場にも散骨するにはどうしたらいいかを問い合わせたりしていました。

父にも「私は一緒のお墓には入りません。妙高に散骨してください」と言い、父も「勝手にしろ」と言っていたし、母が亡くなってから「散骨するから」と話したときも「そう言ってたな」と言っていました。

それで、火葬場で焼いた骨を、去年、散骨用にパウダー化してもらいました。さすがに骨のままじゃ散骨できませんから(知らずに掘り返した人がいたらビックリするし)。

これは葬儀会社がやってくれたんですが、そのときに散骨について
  • ●容器に入れない(容器に入っていると、何十年後とかに事情を知らない人が掘り返して「なんだこれ?」になる場合がある)
  • ●散骨した場所の目印に、木を植えるといい。ただし、まわりにたくさん同じ木があるとどの木の根元だったかわからなくなる。本人が好きだった木がいいが、植える場所に適した木を選ぶこと。できれば2,3本植えると、1本が枯れてもスペアになる

と教えてもらいました。

最初は母が好きだったコブシを考えたんですが、ちょうど花が終わった時期でいま植えるのには適さないということだったので、ほかの候補の中から母も好きだったハナミズキを選びました。複数本にはしなかったけど。

パウダーにしちゃうと、小麦粉みたいです。量も、小麦粉用のスコップで2〜3杯分ぐらい。そんなもんになっちゃうんですね。というか、そんなもんなのに、よくこのカタチになってるなーと思いました。


今回、兄が苗とスコップは買ってきたのですが、植えようとした場所は枯れたカヤがたくさん重なっていて歯が立たなそう。立ち会ってくれた現地のOさんが、ほかの人に「植樹するから」とパワーショベルで掘ってもらってくれました。

ところが50センチも掘ると、コンクリートを削るような音がして、重機の方が持ち上がってしまいます。私たちが「ここは無理じゃない?」と話してると、「この辺はどこ掘っても同じですよ。すぐ岩盤に当たる。火山岩です」。

妙高は休火山。いまは10メートルもあるような杉林があり、緑に覆われているけれど、表面を見てるだけじゃわからないんだなーと痛感しました。パワーショベル、出してもらえてよかったです。なかったら、たぶん植えられなかったでしょう。

ここで根を張れるのかどうか不安だし、雪対策をぜんぜん考えていなかったのでまた雪が降る前に支えをしに行かないとですけど、母の遺志をかなえられてよかったと思っています。

そして、生前に散骨してほしいほど好きな場所に出会えた母は、たぶん少しはしあわせだったのだろうと思います。






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2008-05-14(Wed) 23:37| 家族| トラックバック 0| コメント 2

母の一周忌に

母が大好きだった新潟県の妙高高原に行ってきました。
myoko


山がきれいに見えたところで、母の記念にハナミズキを植樹させてもらいました。

shokuju


ここは冬、雪深い場所なのでこのままでは雪に倒されてしまうため、雪が降る前に囲いをしておかないといけません。それはまた改めてということで、とりあえず、今日は植樹だけ。

母の生前からお世話になっていたOさん、ありがとうございました。





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2008-05-12(Mon) 22:00| 家族| トラックバック 0| コメント 2

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